BOGGYのイタリア料理と山と野草

イタリアファンのBOGGYが作って食べるイタメシのプログです。 登山、ピクニックのアウトドア・イタリアンはいかがでしょう。 革工芸も始めました。

鯖街道と明通寺


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 何時の頃か、二十代だったかもしれないが、京都のばってらに初めて出会って、内陸部の京都と鯖の取り合せが何か不自然というか不思議に感じたのだった。



当時は釣りをしていたので、「鯖の生き腐れ」と言われるほどに、鯖が非常に痛み易い魚と知っていたせいでもある。
この疑問が解けたのは、若狭湾と京都を結ぶ、非常に経済的に重要な流通ルートとして「鯖街道」という歴史的な街道があった事を知ってからである。
この鯖街道の由来は、「若狭湾で取れた鯖に、一塩して、夜も寝ないで京都まで運ぶと、ちょうど良い味になっている」こんな意味でこの街道がこう呼ばれるようになったとか。こんな街道の名前に、なんとなくロマンを感じるのは私だけではないような気がするが、東北で育ち、ほとんど東京で暮していた私には、この関西の「鯖街道」という道はなにか気になる存在であった。
岐阜に単身赴任をして来てからは、休日になると気ままに車を駈って、岐阜周辺のあちこちを巡るようになった。
 あるネットで筍の料理の話になり、私の家では以前から、筍と身欠き鰊を味噌で煮こむという食べ方をしていると言うと、これは、筍の食べ方としては珍しい料理方法だと言うことが解った。
この筍と身欠き鰊と味噌の取り合せの料理のルーツは一体何処の地方のものかと興味が沸き、色々調べてみた。
調べて見ると、これは江戸時代の松前船とも関わりがあり、身欠き鰊を食べるという食慣習は、江戸時代の関東、東北には無く、若狭に松前船で運ばれた身欠き鰊を、鯖街道で京都に運び、これが京都庶民の貴重な蛋白源になっていたらしいという事も解って、京都を中心とした地域がルーツらしいことが解った。
考えてみれは、筍も味噌も京都を連想させるものだし、ここに身欠き鰊の特殊事情を合わせれば、やはり京都が発想できる。
私の好きな鰊蕎麦の発祥の地が京都がだと言うことも、これで納得できたのである。
 こんな事で、鯖街道ってどんな街道だったのだろうと、出かけて見る気になった。
琵琶湖の北端を回り、鯖街道の中ほどに出て、若狭の小浜への道を辿ってみた。
現代のこのルートは、舗装も整備されているが、周囲を山に囲まれる深い谷あいに続く道は、昔はかなりの難儀な街道だったのだろうと想像できる。
荷馬車や荷車に鯖を積んでひたすら京都に向けて真っ暗な街道を進んだ光景が目に浮かぶようだ。そーか、これが鯖街道なのだと一人納得したのだつた。

鯖街道を見てみたい理由のもう一つに、若狭に近い鯖街道の途中に、明通寺というお寺があり、ここの本堂や三重の塔は、国宝に指定されている由緒のあるものだと知ったからである。
私がこれまで一番好きな五重の塔は、室生寺の五重の塔だが、この明通寺の三重の塔にもとても興味があって、この機会に是非見たいと思った。
鯖街道からわき道に入り、暫く走る。
平日の明通寺は、閑散として人影もなく、寺の前に懸かる小橋に立つと、真夏のカンカン照りの暑い日だったが、下を流れる清流の冷気で、ひんやりとした涼しい風が気持ち良い。
周囲の木立に囲まれてひっそりとしたたたずまいを見せる、建立して七百年という三重の塔は、瀟洒で美しいプロポーションで、一目でとても好きになってしまった。
小さめの本堂の、珍しい萱葺きの屋根の曲線もとても美しい。美しい庭園もあって、ここがすっかり気に入ってしまった。
きっとまた来るかもしれないと寺を後にした。



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