BOGGYのイタリア料理と山と野草

イタリアファンのBOGGYが作って食べるイタメシのプログです。 登山、ピクニックのアウトドア・イタリアンはいかがでしょう。 革工芸も始めました。

映画で見た二つの肖像画(1)


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ジャンヌ・エビュテルヌの肖像(青い目)

先月「モディリアーニ」(真実の愛)という映画が公開されたのを知って見に行った。
今年は画家をテーマにする映画を幾つか見た。メキシコの壮絶な画家フリーダや、アメリカのアクション・ペインティングの代表的な画家ポロックなど、この画家達の置かれた条件は異なるけれど、いずれも「壮絶な」と言える生き方が描かれた映画だった。
これまで画家がテーマになる映画は見逃したことは無いし、若い頃心酔したモディリアーニとなればなおさらである。



監督はミック・デイヴィスという人で、私は知らない監督だけれど、ロケ地はドイツ/フランス/イタリア/ルーマニア/イギリスとあって、かなり凝った製作体勢を感じさせた。
主役のモディリアーニ役はアンディ・ガルシア、恋人のジャンヌ・エビュテルヌの役はエルザ・ジルベルスタインというほぼ無名の女優である。
モディリアーニは、イタリアの生まれだが、ユダヤ人である。一方アンディ・ガルシアは、キューバ生まれのスペイン系のラテン人種で、私はこのキャスティングを見て最初の違和感を持った。
モディリアーニの自画像など残っていないので、私も実際にモディリアーニがどんな風貌であったか知はらないけれど、ラテン系の風貌である筈はなく、アンディ・ガルシアはラテン系のカタログのような風貌で、どうしてもイメージがずれてしまうのだ。
アンディ・ガルシアは好きな役者だし、役者としての存在感、演技力についてはいささかの異論もないけれど、これはそんな問題以前である。
そしてモディリアーニと言えば、不朽の名作、「モンパルナスの灯」があって、モディリアーニのイメージは、ジェラール・フィリップで固定観念のように固まってしまっているのでなおさらである。
どうしてもというなら、私は「戦場のピアニスト」で好演を見せたエイドリアン・ブロディの方がイメージに合うと思う。
こんな予断を持って見始めたせいか、約二時間、私はイライラしながら見ていて、映画に引き込まれてしまうこともなく、終始スクリーンとの距離感を感じたままだった。
映画の最初に、わざわざ「これは実在の人物、事実と一切関係の無いフィクションである」と断っているが、逆にフィクションだから、それがまるで事実のように感じられてこそ監督や脚本家の力量である。
田舎芝居のように大袈裟な演出、センスの無いセリフ、時代を感じさせようと、わざとらしいセピア色のトーンを強調した街の背景。
ブルース・ウィリスの映画「キッド」のように過去の自分が出て来るが、この設定が余計に現実感を薄くしているアイデア倒れで、この時だけセリフはイタリア語、ちなみにその他のセリフは英語である。
一言で表すなら、「劇画」のような粗さの目立つ、なとど言うと劇画の作家から文句を言われそうだけれど、文字で書かれた小説を読んで、行間の意味を読み取れない、想像力が欠如した読者を相手にするように、これでもかというほどのくどい演出が続く。
モディリアーニとピカソの確執がこの映画の伏線なのかもしれないが、これがでしゃばり過ぎているのが劇画風を強めていて、真実味を欠き、その分主題である筈のモディリアーニとジャンヌの「真実の愛」の中身が描ききれていない。
作品がなかなか認められず、麻薬と酒に溺れ、命を縮めてゆくモディリアーニ、この画家の苦悩の深さは、フランス国民である前にユダヤ人であって、ユダヤ教の厳しい戒律に従う暮らしを子供の頃から教育されたモディリアーニであるからこそである。
ラテン系の人種には理解が難しい部分で、アンディ・ガルシアにはこんなモディリアーニのユダヤ人であることの人種的な苦悩を理解できたのだろうかと、その演技に疑問が残った。
映画の核心になる絵画コンテストへの出品作を書く画家達の奮闘ぶりは、まるで劇画のスポコンそのままの過剰で臭い演出の連続で、見る方が白けてしまう。。
好きな画家モディリアーニの映画ということで、私自身の期待感が強いことを割り引いても救えない。
唯一ジャンヌ・エビュテルヌの役エルザ・ジルベルスタインは好感の持てる、しっかり個性を持った女優で、とても気に入ったが、やはりクサイ過剰な演出が彼女の雰囲気を台無しにしていた。
私がまだモディリアーニに心酔していた若い頃、モディリアーニや当時の画家や芸術家達がたむろしていたサクレ・クール寺院の立つ、小高い丘のモンマルトルを訪れ、サン・ピエール教会の裏手のテルトルの、似顔絵や風景画を売る無名画家が集まる広場で、しばしモディリアーニを偲んだ思い出のパリの雰囲気は、この映画からはまるで感じ取ることが出来なかった。
物凄く後味が悪かったので、どうしてもあの「モンパルナスの灯」をもう一度口直しに見たくなって、映画館の隣のビデオショップで探してみたが無くて残念だった。
これほどボロボロにけなす作品をどうして書くのか、その理由は、実在の画家と作品の絵をテーマにしたフィクションの、とても素晴らしい作品に出会ったからである。 (2に続く)

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