BOGGYのイタリア料理と山と野草

イタリアファンのBOGGYが作って食べるイタメシのプログです。 登山、ピクニックのアウトドア・イタリアンはいかがでしょう。 革工芸も始めました。

一枚の絵葉書


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 昭和42年、人類が初めて月に第一歩をしるしたアポロ11号で大騒ぎをしていた夏に、一枚の絵葉書がイタリアから届いた。
私が勤めていた会社に居たN君が、会社を辞めてイタリアに渡り、一年ほど経ってようやく寄こした便りだった。


ローマでイタリア語の学校に行っていた筈だったが、やっとフィレンツェに腰を落ち着けた、とハガキにはあって、近所を出歩くようになって、プラートに行って来ましたと書いてあった。
N君は大学の後輩で、先輩の私の紹介で入社したのだけれど、良く私の家に遊びに来ては、我が家の自慢のピザを食べながら、私のヨーロッパ、中でもイタリアの話を聞いて刺激されて、ついにはイタリアに渡って行ってしまったのだった。
彼は、将来は普通の会社員ではなく、日本の何処かの美術館の学芸員になるのが夢で、それでイタリアの美術を自分の専門分野にしたかったのだ。

その絵葉書は、フィレンツェから少し北のプラートという町のドゥオーモにあるフィリッポ・リッピの「受胎告知」の絵であった。
それから数年間はクリスマスの頃にグリーティングカードが届いていたが、ある年パッタリと音信が途絶えてしまい、N君の同期の友人達に聞いてもその消息は分からなくなっていた。
病気や事故で突然死んでしまったのか、イタリアに渡った目的が達成出来ずにひっそりと日本に帰っているのか、他の国を放浪しているのか、誰にも分からないのだった。

今月の3日から、岐阜県美術館で、「マリア伝説とルネサンス」--プラート美術の至宝展--が開催されている。
以前イタリアに行く時に、各地で訪れたい町や美術館、名所のリストを作った時には、フィレンツエから近いこのプラートの大聖堂(美術館)も候補に上げてはいたのだけれど、フィレンツェ最大の期待のウフィツィ美術館
などに時間を取られてしまいどうしても時間が足りなくて外したのだった。
そしてもう一つ、どうしても見たかった、サン・マルコ美術館の、ドメニコ派の修道僧で、多くの宗教画を残したフラ・アンジェリコの「受胎告知」の絵もあったせいでもある。
この展覧会の「マリア伝説」とは、マリアが逝去した折、普通の人間であったマリアは、天使に導かれて昇天し、棺には緑色の聖帯だけが残されていたという伝説にまつわる絵画と、この聖帯が、プラートの大聖堂に保存されているのである。
そして、このテーマで多くの宗教画や聖堂の壁画を描いたのが、フィリッポ・リッピであった。プラートの大聖堂は、この意味で、パリのノートル・ダム寺院と同じように聖母崇拝の寺である。
フィリッポ・リッピの弟子には、今では画家のスーパースターとなったボッティチェッリが居て、このリッピから絵を学んだので、逆にリッピも有名になった。
フィレンツェのヴェッキオ宮殿のすぐ隣にあるのがウフィツィ美術館で、ボッティチェッリの「ビーナスの誕生」や「春」の絵を見ると、リッピが描いたマリアの顔とそっくりなビーナスの顔で、いかにボッティチェッリがリッピに影響されていたかが分かる。

訪れた岐阜県美術館のプラート美術の至宝展には、すっかり記憶の底に沈んでいたN君のイタリアからの絵葉書にあったリッピの「受胎告知」の絵があった。
実を言うと、この絵を見て、N君のイタリアからの絵葉書を思い出して、ああ、これがあの絵葉書の絵だったのか・・と、過ぎ去った時の長さに、一瞬胸が詰まったのだった。
若い時のハンサムなN君の顔は、何時までも若いままに、私の記憶に残っている。

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