BOGGYのイタリア料理と山と野草

イタリアファンのBOGGYが作って食べるイタメシのプログです。 登山、ピクニックのアウトドア・イタリアンはいかがでしょう。 革工芸も始めました。

映画 鳥の道を越えて

鳥の道を越えて

 昨日(6日)朝、山友からの登山のリポートのメールが入っていた。
山のリポートの他に、物凄く久しぶりに映画を見たと書いてあって、ドキュメンタリー「鳥の道を越えて」という映画の話だった。

彼のメールにはこんな風に書いてあった。
『山友達の○○さんに紹介してもらって、関のシネックスマーゴへ「鳥の道を越えて」を見に行ってきました。
(中略)
「鳥の道を越えて」は岐阜県東白川村出身の今井さんという若い監督のドキュメント映画です。
あるとき祖父から、かつて故郷の空が渡り鳥の大群で埋め尽くされたという話しを聞き、孫である監督は“鳥の道”を探し求めて旅に出る。
渡り鳥の禁猟以前のカスミ網で鳥を獲っていた山村の文化と、禁猟後の密猟問題を含めた自然保護との両方が同じ故郷の村にはあると言うことなど面白い観点から見た映画ですね。
そういえば僕も子供の頃カスミ網でホオジロを捕ったことがありますね。
また、当時はメジロを飼っている人も多かったですね。
鳥もちで獲っているのだと聞きましたね。昔のことも思い出しました。いやあ、面白かったですね。』とあった。

 メジロの話など、彼の思い出はまるで私の思い出のようだった。
私の福島、双葉町での子供時代、土地では鳥を食べることが食慣習として定着していて、既にカスミ網での鳥猟は禁止されていたけれど、密かにその漁をする人も少なくなかった。
私も他の子供たちも、篠竹(シノダケ:註)の藪で、数本の竹を上手く組み立てて、ギロチン風の鳥罠を作っていた。
地鳩などが狙い目で、良くかかるので、家の食卓に焼き鳥として載ることも少なくなかった。当時は戦後の食料難で、野鳥は貴重な蛋白源だった。
雀などは、農家から見れば害鳥で大群の雀は迷惑そのものだった。
雀の焼いたものは美味だったせいか、カスミ網での密漁も土地では大目に見られていて、捕れた雀は、売って現金にすることも出来た。
子供達も年上の子供達からの伝承で、雀罠の作り方や雀の捕り方を自然に覚えた。
中学時代には、空気銃のブームになり、当時の少年雑誌には空気銃の広告が凄く、私の友達も持っていて、鉛の玉を金物屋で買って、その一割ほどで、銃を借りて使うことが出来た。
放課後、家に帰ってから、4、5人のグループで、一丁の空気銃を持ち、町外れの雀の群れる場所で、暗くなるまで雀を打っていた。
山友のメールでこんな思い出が蘇り、その映画を見たくなった。

 ネットで映画の上映情報を検索すると、岐阜市の映画館では、なんと今日が上映の最終日と分かった。今日を見逃すと、もう岐阜ではこの映画は見られない。
午後には得意先の会社で会議の予定があるのだけれど、会議が終わってすぐ、直接映画館に駆けつければ見られると分かった。
この映画の監督の出身地、岐阜県の東濃地方は、カスミ網漁の中心地でもあったらしく、江戸時代から連綿と続いた生活文化の一つだった。
漁で収穫された野鳥は、蛋白源の食料として流通していた。
日本が大戦で敗戦して、GHQが日本を管理するようになって、カスミ網漁は西欧の価値観による鳥獣保護の観点から即刻禁止になって、立法化もされた。
鳥獣保護の考え方は、今では普遍性のあるものとして認められるけれど、日本においては、野鳥の漁は長く続いた生活文化であり、食文化でもあった。
その文化が突然GHQの支配下で、違法になってしまった事には、随分の戸惑いがあった筈で、それ以来50年の歳月を経ないと、カスミ網漁を絶滅できなかったという。

 実際に、岐阜から遠い私の福島の土地でも、昭和25年頃には、既に違法となっていても、かまわず密漁がなされていた。
違法と言われても、基本的には長い生活文化の一つであったものから、その行為が当時の道徳的観念から見て、良心の痛みを感じるようなものではなかったせいでもあると思う。
「そんな西洋の価値観で、生活を邪魔されてたまるか・・・」という反感さえあったのではと思う。
映画でも、カスミ網漁が最も盛んな土地で、カスミ網漁を廃絶する活動をしていた人たちが、生命の危険を感じる妨害行為に出会ったことが語られていた。
日本の生活文化であった捕鯨やイルカ漁が、西欧の多くの国からの非難の対象になったのと根は全く同じだと思う。
自然の生態系の保護については、今では日本人も納得していて、他国にヒケを取らないほどに国も国民も努力をしていると思う。
新たな価値観の台頭で、それによる長く続いた生活文化の一部が否定される事で、生活の糧や生活の手段を失う土地や人々が出てくるのは避けられない。
この映画はその歴史の一齣を、カスミ網漁という生活文化が定着していた土地での物語として、折り合いの難しい「新しい思想と古い生活文化」との軋轢を、私たちに問いかけてくれる映画だったと思う。
これは日本に限らず、世界の何処でも起こり得ると思う。
子供時代の自分を振り返り見ながら、こんなことを考えさせられた。

「鳥の道を越えて」のホームページ
http://www.torinomichi.com/

註)篠竹は根笹の仲間の総称。細くて、群がって生える竹。高さ1~3メートルで行李(こうり)や細工物の材料になり、竹の子は食用になる。

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