BOGGYのイタリア料理と山と野草

イタリアファンのBOGGYが作って食べるイタメシのプログです。 登山、ピクニックのアウトドア・イタリアンはいかがでしょう。 革工芸も始めました。

34年目の予期せぬ出会い

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 最近、私にすれば高価な包丁を買った。
これまで料理は大好きで、その上主夫でもあるので、結果として包丁は毎日欠かさずに使う。
料理好きの人では、包丁などに凝る人も多いのだけれど、私はあまり拘りがなく、無名の安物の包丁でも研げば切れるという主義でこれまできていた。
現実に私の包丁は切れるという評判が周囲で定着していて、先日も高価な、しかしすっかり切れなくなっていた山友の奥さんの包丁を見るにみかねて、私の包丁を置いて、その包丁セットを預かって帰ってきて、研いであげたこともあった。


 先日、ネットでダマスカス鋼を使ったという、木目のような皺模様の着いた包丁を見た。
凄い切れ味で、箱出しのままで腕の産毛が剃れたという感想が書かれていた。
包丁としてのバランスやデザインも秀逸で、包丁を使う楽しさに開眼したとあった。

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買った 関孫六の包丁


メーカーはなんとお隣の関市の貝印で、値段は一万円。
もっと高価な包丁が沢山あるのは知っているので、この値段ならと調べると、7千円台の値付けのサイトを発見して衝動買いをしてしまった。
数日して届いたので、すぐに包丁を手にして腕の産毛を剃ってみた。確かに剃れた。
しかしこれはそれほど驚く事ではなくて、私の安物包丁だって、研いですぐなら同じに腕の産毛は剃れる。
持ったバランスも確かに良い出来で、把手の逆三角の形状も使い慣れたら良さそうである。
問題はその切れ味の持ちで、私の安物包丁は、始終研がないとその切れ味が維持できないのだ。
この包丁がどの程度切れ味を維持できるのか、これから見守って見ようと思う。

このダマスカス鋼の包丁は非常に硬い鋼で、並の砥石では研げないらしいので、勿論私の持っている安物の砥石では無理らしい。
それでも永遠に切れ味が続くわけではないので、研ぐ手段も考えておかなければ使えない。

そんなことで、関市にある研ぎ屋さんを調べてみようと、Goggleの地図を広げて関市の中心部を開いて見た。
以前から、Goggleの地図で地図上に投稿されている写真を見るのが好きなので、何時ものパターンで、地図に貼り付けられている写真を見ていた。
地図にある写真のマークを適当にクリックしていていると、こんな画像が現れた。

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ステンレスか金属製の枠の背の高い広告塔で、「刃物と鵜飼そして円空ゆかりの地」というコピーのパネルが貼られていた。
瞬間、この金属の広告塔には何か見覚えのあるような気がしたけれど、私はこれまで関市の中心部には行ったことがない。
写真のページの頭のタイトルを読むと、「岐阜県関市坂本町(文化会館駐車場)」とあった。
文化会館の広告塔? もしかしてこれは昔私がデザインした広告塔ではないか・・・きっとこれに違いないと、瞬時に確信するようになった。

そして記憶は遥か30数年前に遡った。
当時の私は東京から月に一度岐阜市を訪れてホテルに数泊して、岐阜の幾つかのクライアントのための仕事をしていた。

その時も仕事が終わって午後には東京に帰るつもりでいた。
いつものように仕事相手の専務さんと昼の食事をしていると、ちょっと頼みたいことがあるという。

聞いてみると、岐阜市の隣にある関市が文化会館を建設中で、広い駐車場の中央に広告塔を立てたいらしい。
ついては、市の納入業者の皆さんに、広告塔のデザインアイデアを募集するということで、これへの協力の依頼が届いたのだそうだ。
そして、これはコンペ形式で、選ばれたアイディアの提案者がその作成を受注するということらしい。
専務としては、関市はお得意様なので、市の要望を無視してアイディアの提出に協力しないと、後々の覚えが悪くなるのも困るので、とりあえず協力の姿勢を示しておきたいということらしい。
それで、私にそのアイディアを考えてもらいたいし、今日中にでもチャッチャッとその絵を書いてもらえるとありがたい、ということだった。

そんな急な話で、午後に帰る予定を伸ばして、その広告塔のアイディアを考えることになった。
特別に市からの資料の提出などはなく、提案者の自由な発想に期待するという、貴方任せの企画のようだった。
場所は文化会館なので、その広告塔の役割は、会館での文化イベントの告知などが主になると思うし、関市のシンボリックなイメージを広告塔のデザインとして表現出来ればいいと考えた。
時間もないことだし、単純明快に考えて、関市の関の孫六の伝統である刃物、つまり刀剣のイメージを使うことにした。
ステンレスを使い、中央に広告看板のバネルを挟み、二本の刀剣を背中合わせに立てる。
その高さ10メートルを超えるほどに長くして、刀剣のイメージが確実に伝わるようにと考えた。
プレゼン用に着色した広告塔のレンダリングを描いて、後はよろしくと会社を後にした。
その後、専務はその絵をもとに、大まかな図面を書き、概算の予算額を入れて、役所に応募したと聞いた。
その翌月、岐阜に行って帰ってくると、専務から電話が掛かってきて、あのテザインが採用されて、広告塔を受注することになったと聞いた。

そして実際に建設にかかり、広告塔の構造計算を設計士さんに頼んでみたら、10メートルを超える大きな広告塔の基礎工事は大掛かりなものになって、専務の見積もりの倍ほどかかってしまい、最終的には赤字で納入することになったらしい。

それでも審査員の関市の市長さんはこの広告塔が大変気に入ったらしく、開館のセレモニーには父親の社長さんが招かれて感謝状を貰ったという。
親父はこの表彰をとても喜んでいたと息子の専務さんが言っていた。
既にその社長さんもとうの昔に逝ってしまわれた。
そしてその赤字は、新任の館長さんの計らいで、以後の広告塔に取り付けるイベント看板の受注が続いたので取り戻したと聞いた。

こんな経緯があったのだけれど、私は文化会館が関市の何処にあるかさえも知らなかったし、その出来上がった広告塔を見たこともなかった。そして何時かこの事もすっかり忘れてしまっていた。

関市の文化会館のホームページに行くと、この会館の竣工は1978年(昭和53年)だったと分かった。
つまり34年も経た今、この広告塔がまだ元気に立っていることを知ったのだった。
そんな健気な我が子?の姿を一度は見ておかないといけないのでは?と、思い立って行って見ることにした。

場所はGoogleでもう分かっているし、40分ほどのドライブで文化会館に着いた。
会館は休館日で人気はなく、広い駐車場には車も無い。
門の前に車を止めて、初めて見る我が子?に対面した。

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なんと表現すれば良いのか・・・・、言葉にはならない感動がジワジワと胸に湧いてきた。
塔の足元には小さな植え込みがあり、塔のステンレスは磨かれてあって、刀身の繋ぎ目こそは目立つものの、30年の月日の経過を感じる古びた印象はなく、文化会館のシンボルとして大事にされているのではと感じた。
この我が子は30数年も経っても、まだ静かに、誇り高く立っているように見えた。

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私はデザイナーなので、これまで多くの製品を開発し、そのデザインをして来たけれど、自分の手がけた作品の完成を見ないままにしていたのはこれが初めてのこと。
デザインしたことさえもすっかり忘れていたのだ。
広告塔のイメージテーマ、関孫六の刀剣と同じブランド銘の包丁を買ったことが、この広告塔に期せずして巡り合うきっかけになった。
このことと、Googleの地図での偶然がなかったら、忘れたままにこの広告塔を見ることも無かったと思う。
「また会おうね」と呟いて文化会館を後にした。
(終)

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コメント


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どらさん今日は。
コメントありがとう。
岐阜に来て10年、山の行き帰りで、関市の近くは何度も通っていたのに、こんなことすっかり忘れていました。
偶然とはいえ、巡り会えたことは嬉しかったです。
また山でよろしくね。

BOGGY | URL | 2012-06-06(Wed)10:26 [編集]


初めての書き込みでしょうか? いつも有り難うございます。
物作りの結果はいつも何処かに残っているもので 嬉しいことですね? まだまだボギーさんの産み出した作品は関市のシンボルとして輝いていますね。
良いお仕事をされたのですね。

どら | URL | 2012-06-05(Tue)18:47 [編集]